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脳梗塞の病態を分子イメージングで診断
-脳血管障害のリスクファクター 20-HETE合成酵素のライヴイメージング-


分子プローブ機能評価研究チーム  川崎 俊之



脳血管障害は、血管が破れる脳出血と血管が詰まる脳梗塞があり、日本で介護が必要となった方の原因のトップを占めます。平常時の脳には、血圧が変動しても血管を拡張させたり収縮させたりすることで脳血流を一定に保つ自己調節機能があります。しかし脳血管障害時には、自己調節機能を担うはずの生体分子が過剰に生産され、逆に症状を悪化させてしまうことがわかってきました。

脳血流の自己調節機能を担うとされる分子の一つ20-Hydroxyeicosatetraenoic acid (20-HETE)は、脳梗塞が起きた時に一時的に大量に作られることがラットで発見されました。20-HETEは血管新生を促進する分子の1つであり、傷ついた血管の回復にはたらくと考えられますが、血管収縮作用も併せ持つため、脳梗塞の初期症状を悪化させている可能性があります。事実、脳梗塞のモデル動物で20-HETEの合成を抑える処置を行うと、障害領域の拡大を防ぐ効果があることが確認されています。脳梗塞時に20-HETEが産生される原因は、20-HETE合成酵素の活性が脳内で一時的に上昇するためと考えられますが、その詳しい過程はわかっていません。脳の障害と20-HETE合成酵素の関係を正確に把握できれば、病態の程度や予後を知る上で重要な情報となります。今回研究チームは、20-HETE合成酵素を標的とするPETプローブ[11C]TROAを開発し、そのライヴイメージングに成功しました。

[11C]TROAは、20-HETEの活性阻害剤 N' (4-Dimethylaminohexyloxy)phenyl imidazole (TROA) を、高速C-[11C]メチル化反応を用いて放射性同位体11Cで標識したものです。正常ラットを用いたPET検査では、[11C]TROAは腎臓や肝臓など、平常時において20-HETE合成酵素が豊富に存在することが知られている臓器に高い集積を示しました。脳梗塞モデルラットにおいては、梗塞後7日目をピークに、障害を受けた側の脳半球で[11C]TROAの高い集積が認められました。これは、脳梗塞が起きた後に一過的に20-HETE合成酵素の活性が増加していることを示しており、この事実は、PET検査以外の方法でもRT-PCRや20-HETE含量の測定によって確認されました。

今回の成果から、20-HETE合成酵素の活性変動はPET検査で観察可能であり、脳梗塞の最適な治療戦略を確立するための重要な診断法となる可能性が示されました。今後さらに、霊長類での[11C]TROAのPETイメージングを行い、ヒトへの応用の可能性について研究を進めるとともに、脳梗塞の症状を緩和させる治療薬として20-HETE合成酵素阻害剤の可能性を追求していきます。


分子プローブ機能評価研究チーム(尾上浩隆チームリーダー、川崎俊之研究員)、分子イメージング創薬化学研究チーム(鈴木正昭チームリーダー、白神恵子研究員)、分子イメージング標識化学研究チーム(土居久志チームリーダー、森智子テクニカルスタッフ)、および大阪大学大学院薬学研究科、大正製薬株式会社の三者共同で行いました。
*この研究成果は、『Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism』(2012年6月6日電子版公開)に掲載されました。
*本研究の一部は、平成17年度~平成21年度に実施された文部科学省委託事業「分子イメージング研究プログラム」の助成を受けて行われました。




脳梗塞モデルラットにおける20-HETE合成酵素の活性変化
A) 右側の中大脳動脈を閉塞させたラット脳で、20-HETE合成酵素に結合した[11C]TROAの量をPETイメージングで観察した。高い結合度を示す赤色のシグナルが、術後7日目にピークとなった。 B) 3個体での実験結果のグラフ。梗塞を起こした側(Ipsilateral)の[11C]TROAのシグナルが対照側よりも優位に高くなることが統計的に示された。